暇修館

県北

日立市

暇修館(かしゅうかん)は水戸藩第9代藩主徳川斉昭が藩政改革の一環として、大窪城跡に水戸藩の郷校として建てられました。郷校とは庶民教育のために水戸藩が建てた学校のことで、弘道館を含め15の郷校があります。 暇修館は1839年(天保10年)に建てられ、当初は村医者の研究施設で「興芸館(こうげいかん)」と呼ばれていました。その後1844年(天保15年)に、“学びたい者には身分を問わず誰もが余暇を利用して学問を学べるように”と門戸を広げ、「暇修館」と改めました。 幕末、慶応年間に廃校となり、さまざまな変遷を経て1973年(昭和48年)に復元されました。白い壁と緑の木々の美しさの中で、ここに集った先人たちを偲ぶことができます。

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