保和苑

元禄時代、水戸藩第2代藩主徳川光圀公が寺の庭を愛されて「保和園」と名付けられたのがはじまりです。昭和初期の拡張整備によって、純日本庭園となり、名前も現在の「保和苑」となりました。初夏には、約100種6,000株のあじさいが咲き競い、水戸のあじさいまつりが盛大に開催されます。また、春には桜、秋には紅葉したもみじで苑内が色づきます。令和2年には、水戸市地域文化財に認定されました。